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龍閑橋親柱

2022.08.31

みなさん、こんにちは!

今回は、神田駅から徒歩3分の場所にある歴史スポット、龍閑橋親柱をご紹介します。

 

龍閑橋の手前にある標識石によると、この橋は、大正15年(1926年)に造られた日本最初の鉄筋コンクリートトラスのとても珍しい橋でした。トラス橋は通常鋼製が当たり前とされており、鉄筋コンクリート造は当時ユニークで挑戦的なものだったようです。現在は広場にその一部が保存されています。

龍閑橋(竜閑橋)は、江戸時代に掘られた神田の掘に架けられていました。川でなく神田の堀と呼ぶのは、竜閑川は自然河川ではなく、人口の河川(堀)だったからです。1691年(元禄4年)、神田の掘はこの地で東西に堀割開削され、江戸城の外堀に発して、この地を通って神田川に入り隅田川に通じていたそう。国立国会図書館が公開している「江戸切絵図」という古地図にも、竜閑橋はきちんと描かれています!人文学オープンデータ共同利用センターのサイトで、竜閑橋周辺の切絵図とともに閲覧できますので、ぜひ見てみてください。

その後、竜閑橋は神田の堀を埋め立てることで必要なくなりました。そして同じころ、この付近に開かれた新しい川に、いらなくなった橋をそのまま架けたのが、現在の龍閑橋の地名の由来となっています。まだ無名だったその新川は、橋の名前にちなんで 「龍閑川」 と名付けられたのです。今は無き龍閑川は、その昔、神田と日本橋の両区を分割するものでした。

また、「龍閑」という名については、龍閑川の西端にあった町に、旧幕府坊主の「井上龍閑」と言う人の家があったことに由来します。

竜閑橋は竜閑川にかかっていたことで名付けられたのではなく、川が橋の名前にちなんで名付けられたのは、面白いですね!

ぜひ江戸切絵図の画像を見ながら、このスポットも訪れてみてください!